リハビリテーション新聞: 専門性を高めるために職人になるのは危険

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専門性を高めるために職人になるのは危険




私が「分業化は無責任を生み、全体としての生産性を下げてしまう。」と発言すると、東京で理学療法を学ぶ学生のAさんから次の質問があった。 「ツイートを見て急性期から在宅までみることに魅力を感じていますが、それぞれの理学療法の専門性・質の高さについての保証が気になります。」


Aさんは質問を次のように定義してくれた。 専門性は「患者さんの持つ全ての疾患に対して最適なプログラムを組み治療し在宅に活かせるか。」 質は「理学療法士によって患者さんの予後に差異が出たり、理学療法士の最大の能力を引き出す機会を逸してしまわないか。」



私はAさんの抱える問題を次のように解釈した。「専門性のあるキャリア形成をしたい。提供する質の担保をしたい。しかし、専門性と質がどのように高まるのかわからない。」 答えをいうと、「新人が気にする必要はない。連携を取りやすい環境に身を置けば質も専門性も勝手に高まる。」



例え話をから展開していく。もし、アナタが注文住宅を建てたいと思った時、大工やカーテン屋が全てをやってくれるだろうか?いや、彼等は全体の中の部分でしかない。アナタのニーズを洗い出し、全てを手配してくれるのは、デザイナーやコーディネーターだ。



コーディネーターは複数の注文住宅を建てる為、資源を集中させることはない。新人からベテラン、外部委託を含め、使える資源を持ち駒として使う。"提供できる質"は職人のレベルではなく、コーディネーターの持ち駒の平均値となる。新人の職人が全体の質を気にしても仕方がない。



次に、連携をとりやすい環境について話していく。わかりやすいのは大改造劇的ビフォーアフターというTV番組だ。"匠"というコーディネーターが、全てを仕切って住宅リフォームしていく。できあがる作品に優劣はつけられない。そこにあるものは客のニーズを満たす生活と圧倒的な個性だ。



しかし、"匠"が、途中で何度も変わるとどうだろうか。それどころか、ただの職人が何人も"匠"をきどっていたらどうだろうか。客のニーズは満たさない自己満足な失敗作ができるだろう。これが医療介護の現場でおきている。例はリンク参照。



「コックが多いとスープがまずくなる。」という、ことわざそのものだ。世界一の技を持つ無口な職人を集めて仕事をさせるより、一人の詳しい人間が凡人に仕事を振りわけたほうが問題が解決する。そして、凡人が成長するためにすべきことが"連携"である。


ヘルパーが「足元が洗えそうで洗えない。」といったり、理学療法士が「足元に手が届くようになったので洗体に挑戦して下さい。」と連携をしたとき初めて価値がうまれる。患者の本当のニーズさえ知っていれば、誰もが小さなコーディネーターになれる。専門性も質もそこから成長していくのだ。



「新人が気にする必要はない。連携を取りやすい環境に身を置けば質も専門性も勝手に高まる。」 介護の人材レベルとキャリアアップ戦略がわかりやすい。この表にある七段階の意味を熟考しよう。






以上、”手段”を専門性だと思って高めてもかわりの人材はいくらでもいる悲しき専門性。”手段”しか任せてもらえない職場よりも”連携”させてくれる職場を選ぶが吉。でした。



H24.11.15


<皆さまとの情報交換>
@hanahanasaku347: 回復期に勤務する看護師です。我が病院では他職種間での情報共有が不十分なままなことが多く、板挟みになる患者さんが不利になるケースがあり、反省ばかりです。
@2008pt  自分の祖母がそんなことを心配しながら入院するのは悲しいです。