リハビリテーション新聞: 華やかにみえるものは虚栄だ

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華やかにみえるものは虚栄だ




私達はこう思っていないだろうか。「大企業にはいりたい。世界で活躍したい。都会で華やかな仕事がしたい。」待って欲しい。疑問は感じないだろうか。私は、"イマドキの若者の姿"を記事に書く新聞記者の取材を受けた。その記事に出会って感じたこと沢山ある。今日はそんな話をする。


就職難や労働条件の悪化など、若者をとりまく環境は厳しさを増している。将来を悲観するニュースや、個人を目にするのは日常茶飯事だ。原因を考えると、私には、国際競争力を高めたい企業ニーズ、価値観を背負わされて苦しんでいる姿にしか見えない


別の表現すると、煽られて相手の土俵にあがり苦しんでいるだけだ。価値観を押し付けられ、わずかな点数の優劣を競わされる。ライバルは地球全体だ。学生に限らず、入社後も同様だ。まったく、息が詰まってしまう。例をあげていく。


企業の価値観を背負わされて苦しむ若者の例1。「就活バス 大手に憧れ 地方の迷い」(中国新聞記事より)


企業の価値観を背負わされて苦しむ若者の例2。「スペック 資格・留学歴を競う」(中国新聞記事より)



紹介した2つケースのように、世の中はもがく若者で溢れている。彼らは、勉強や仕事に忙しく、親孝行をする暇がない。私が病院で働きながらみたもの。それは、親が入院しても動けない子世代の姿だ。家族がバラバラなのだ。


家族を救えないひとが、どうやって世界を救うのだろう。地域で活躍できない人が、どうやって世界で活躍するのだろう。自分にとっていいことがわからない人が、どうやって他人に貢献するのだろう。



企業ニーズは罪だ。こんなものを優先していたら、かわりに家族や地域がバラバラになる。核家族化と無縁社会が加速する。グローバル社会は企業の選択肢を広げるが、個人の選択肢を狭める。


若者よ。企業へのゴマスリはあなたが孤独になるだけだ。そうなると空白世代ができてしまう。そうなると、家族や地域まちの文化が途絶えて、国際標準に飲み込まれてしまう。気が付こう。家族と仲良くしよう。人手不足で悩む地域の文化と仲良くしよう。


以上、私はどうかって?私は三世代で同居をしており、家族で食事をとり、地域を散歩してまちのみんなに挨拶をしている。しかし、多くの若者は、挨拶を避け、目を合わそうとすらしない。でした。


H24.6.13

<皆さまとの意見交換>
@hiro_takekiti 入院時の付き添いが民生委員とヘルパーの独居老人。退院後の住まいがネットカフェの若者。入院前の職業が空き缶拾いの夫婦。寂しいね、日本。
@2008pt あまりも簡にして要を得ている表現だと思いました。