リハビリテーション新聞: ひとりよがりなリハビリテーションを提供する度に反省すること

ページ

ひとりよがりなリハビリテーションを提供する度に反省すること





「面倒臭い。だるい」学生時代の私は、何かをつくりだすわけでもなく、与えられたものに文句を言いながら過ごしてきた。課題を与えられても、それはやらされごとだった。


この状況を説明できる言葉が"主体性"だ。辞書でひくと「自分の意志・判断で行動しようとする態度」とある。なるほど。自分の判断や意思がなかったから行動できなかったし、態度も悪かったのだな。


そして、リハビリテーションを提供する側になって思うことは、対象者のやる気を引き出せないこと、それすなわち、「主体性をデザインできていない」ということだ。そこで、主体性をデザインする方法について考えてゆきたい。


「目的はリハビリテーション、目標は生活の変化、手段は主体性のある活動」今回の話は手段の話だ。いくつか例をあげて行く。


例1。理学療法士のAさんは残業してリハビリテーション計画書の空欄を埋めた。翌日、患者の前で内容を読み上げ、サインをさせた。ここからは主体性はうまれない。主体性をデザインするには「患者と一緒につくる」だけでいい。


例2。作業療法士のBさんは患者Sさんとしっかりと話し合いリハビリテーション計画書を作成した。動機を手に入れたSさんは、リハビリテーション室で一生懸命に作業をした。そして病室では一日中寝た。ここから主体性をデザインするには「ひとりでできる作業を選択する」ただ、それだけだ。


言いたいことは、患者を巻き込まなければならないということ。我々ばかりが役割りをもらって、手足を動かしている。我々の仕事がどんどんうまれる。こんなことでは患者の主体性はなくなり、依存がうまれてしまう。


リハビリテーションでうまれる「生活」という作品は、我々と患者が一緒につくる共同作品であるべき。そのうちの9割を、患者につくってもらえば、「自分の意志・判断で行動しようとする態度」を演出しやすい。


よーく話をきいて、やりたいことができる手段を手配する。将来につながる小さな一歩を提供する。我々の仕事なんてそんなものだ。


役割りは与えられるのではなく、与えよう

H25.1.29

<皆さまとの意見交換>

@MACCHI1009 本当にわかりやすいです。本人に意志を持たせないと、なかなか難しいですよね。