リハビリテーション新聞: 「いいね!」がなければ動けない

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「いいね!」がなければ動けない





協同企画:の記事 25.2.7



昨日は葛飾での勤務だったのだけれど、深い失望と、大きな希望を同時に味わった。失望というのは、介護の腐である。本人たちが悪いということではないのだけれど、フロアの質を省みる余力を失っている。客観的に自分たちの生み出しているサービスの質がどうなのかを振り返れない程に、壊れている。


今のままでは、スタッフの補充がなされても、実状は変わらないと思う。利用者の利益よりも、自分たちの不利の方に意識が傾きすぎて、人が補充されたとしても、スタッフにとっての不利益が緩和するだけで、質的な向上には結びつかない。長い間に培った習慣は、人員が増えた所で変わらない。


伸びるチームは、どれだけスタッフが少数であっても、何かを生み出していく。もちろん物理的な限界があるにしても、何かしらの片鱗が見える。こうしたチームは、人員の補充が利用者の利益に直結するし、質的に有意に働く。増員されたスタッフが、利用者のために何を為すべきかを分かっているからだ。


けれども多くのチームは別の道を辿る。人が補充されたら、利用者のために色々なことができるという願望は秘めていても、それを具体的に考えたことがないから、スタッフが増員された所で、何を為すべきか分からない。だからそれまでのスタッフの負担を穴埋めするだけで、質的には何も変わらない。


習慣を変えることは容易いことではない。そして葛飾は、まさにこの否定的な習慣にどっぷりと浸かっているような気がする。けれども、人生には影もあれば光もある。葛飾には深い失望と否定的な習慣があるけれど、大きな希望と期待も共存している。無法地帯であるからこそ、かえって想うままに築いていける


加湿器の水を入れ替えたり、食事やおやつでの飲み物を汲んだり、食べ終った食器を、栄養科に届けたりと、多くの仕事を利用者に行ってもらった。『ありがとうございます!』とお礼を言うと、『こちらこそ!』と微笑み返してくれる。通所を成り立たせるための仕事を、利用者との協働で成立させること。


構想としてはあったのだけれど、昨日はさらに具体的に動くことができた。普段はシルバーカーで歩いている利用者が、両手で食器を持って歩いていく…将来的な壮大な役割よりも、まずは身近な役割を創出すること。役割によって感謝を伴う行為が生まれて、活動に他者からの承認が加わっていく。


利用者に対する『ありがとう!』が次々に生まれていく通所が築けたらと思う。自分のためにでは動かない利用者が、人のためなら動いていく。人間は素晴らしいなと想える場面を、昨日は葛飾で多く見た。スタッフに対する失望と、利用者に対する希望と、大変に複雑な想いではあるが、野村主任と進もう。




<皆さまとの意見交換>



@野村主任  進もう!昨日のような活動を、「意味ある」ものと捉えてもらうべく働きかけを。「気づき」をどう促していくか考えたい。
@yuumatann  スタッフの理解を求めなくても、利用者が理解してくれるから頼もしいよね。リハビリと介護がどうやって利用者を支えるかではなくて、利用者とリハビリが手を組んで、どうやって介護を変えるかという図式が新しくて新鮮だね(笑) 
@19strawberry63  仕事が回らないことを人員不足のせいにして、いざ人員が増えたら、じゃあその分利用者に何が返せるのか、答えに困る...そんな現実。
@yuumatan  そうなんです。何を為すべきなのかが見えなければ、人が補充されたところで、既存のシステムに呑み込まれるだけですね。だから長期計画が必要になるんです。
@2008pt編集後記   「人のためには動く。承認があれば動く。」 ここから言えることは、利用者には役割がなければ動く理由がない。職員を増員したところで自分の役割に対して「問題提起」するひとと「いいね!」と言うひとがいなければ現場は変えられないってことですね。人間は臆病ですね。