リハビリテーション新聞: 私がジェネラリストになるまでの経緯

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私がジェネラリストになるまでの経緯




職場の理学療法士が増え続けている。持ち駒が増えることにより、チームとしてできることがどんどん増えている。それは喜ばしいことだが、落ち着くまで、色々と苦労があった。そんな話をする。


常勤はずっ~と私1人だが、非常勤が増え続けている。5年前は4人。2年前は7人。1年前は8人。本年度は10人。来年度は13人だ。うち助教1人、博士生3人、修士生7人。かなり盛り上がってきた。そしてついに常勤が1人増える。最高に素晴らしいパートナーになる。年収の20%の礼金を払って仲間に加わるルーキーだ。


振り返ってみると、4年前は一日あたり2人の理学療法士。しかも相方は午前中のみの勤務。午後からは私ひとりだった。それでも入院、外来の理学療法をすべてやっていた。休み時間といえば、病院の厨房の給食を、厨房の片隅で早食いするだけの時間だった。


そして入院患者のリハビリテーションは一人当たり一日一単位(20分)のみだった。ADL拡大には難渋した。患者の満足度も低かった。何をするにも後手になり、呼吸が浅いまま、夕方までひっきりなしに個別理学療法を提供した。暗くなってから机仕事をするのだから帰宅は9時すぎだ。


こんなことでは続かない。サービスの質は最悪だ。短時間介入で成果を出す方法を考えた。そこから生活の中に課題を落とし込む術を見出した。個別理学療法だけでなく一日の生活がリハビリテーションとなる仕掛けができはじめた。理学療法だけでは、退院後の生活をつくれないことを知り、福祉職の役割もこなした。すると、勝手に元気になっていく患者が増え始めた。



入院リハビリテーションの満足度が上がるに伴って、退院後の外来通院患者が急増していった。しかし受け皿がどこにもない。私は人員補充を企画した。周囲の方々が出逢いを斡旋してれて仲間が増えていった。私は、自分では抱えきれない仕事を新入りさんにどんどん振って行った。


しかし、上手くはいかない。トラブル続きだ。例えば患者がこう言う。「あの理学療法士は嫌だ。ひとりでできることしかしてくれない。」「私が人工関節をいれていることも知らないひとに触ってもらいたくない。」 病棟看護師がこう言う。「フットコールのスイッチがきれている。」「ベッド柵をはずしたまま。」「杖が置きっぱなし。」そう、ただ仕事を丸投げするだけでは仕事ができないことに気が付いた。


その時の私の日記にはこう書いてある。「自分がクソ野郎で、諸悪の根元すぎて、ビックリした。新人さんを過信して権限移譲をしすぎると、それは丸投げだった。手段ではなく目的だけ伝えて裁量を持たせた。善意のハズだった。結果、オーバーワーク。危険が多すぎて土下座したくなった。 」


仕事をつくることは役割りを与えることであり、雇用創出である。インフラの整備なしに安全運行できるわけがなかった。私はリハビリテーション実施計画書などの書類や、理学療法士の役割りを見直した。そして、答えがでた。


「新入りさんの興味は機能障害。それならそこで輝いてもらおう。畑違いの退院支援を任せても誰も救われない。最低限のリスク管理と、生活のための機能改善を外来を中心にやってくれたらいい。入院患者は全て私の担当。サブ担当となってもらい、機能改善をしてもらう。」こんな結論に至った。


以上、スペシャリストがジェネラリストの仕事をすると全体が混乱する。スペシャリストにはスペシャリストの役割りがある


H25.2.11



<皆さまとの意見交換>

@2008pt   さて、やっと常勤が増える。 
@amasuo55   適材適所、頑張ってください。

@2008pt  編集後記 振り返ってみると感慨深い。 記事 スペシャリストになりたがる理学療法士が多いがジェネラリストも悪くない を書いた時に、「なんでいち理学療法士がそんなことまでしているんだ!」 とつっこまれたが、こういうことなんだな。いままでの道を誇りに思っている。 そしてこれからも。 
さて、いままでは理学療法だけでは救えない問題について考えてきたが次の課題があるんだ。自分のところだけではどうにもならない問題に直面している。そう。地域連携