リハビリテーション新聞: 利用者に作業療法士ごっこをさせよう

ページ

利用者に作業療法士ごっこをさせよう




協同企画:の記事 25.2.12


『皆さんは素晴らしい作業療法士だ。これだけの数のセラピスト揃えているデイケアは他にはないでしょう!』と、あまりにも騒ぎ立てる自分に、利用者は苦笑いをしていた(笑)


通所の利用者が4名でちぎり絵をしていた所に、入所の利用者が来た。個別リハビリを邪魔することが大好きな自分は、彼女を誘ってみた。

折り紙をちぎる作業があって、初めのうちは彼女にそれが出来なかった。通所の利用者が丁寧に指導して、彼女はそれが出来るようになった。次は折り紙を糊付けして模造紙に貼る作業だ。彼女は熱心に通所の利用者の動きを真似ようとした。次第に『これはどうしたら良いの?』と、他者に質問ができるようになった。

通所の利用者は質問に対して丁寧に返答して、彼女は折り紙を糊付けして、模造紙に貼ることが出来るようになった。彼女の『出来る…』が次々に増えていく。これが集団の持つ力だ。ともすると、セラピストのアプローチは足早で、
利用者の理解をすぐに超えてしまう。

多くのセラピストは待つことが出来ないし、セラピストの説明は、利用者からすると分かりにくい。これに対して、利用者の動きは緩やかだ。彼女には他の利用者の動きを認識して、それを自分なりに理解する時間的なゆとりが提供されている。自ら認識して、それを理解して、動作に結びつける作用に対して、それを急かす利用者は何処にもいないからだ。


自分で解決するゆとりがあるということ。そして解決すべき課題が提示されているということ。セラピストがどれだけ悩んでもなお難しいアプローチを、見事に利用者が成し遂げてくれる。だから利用者は素晴らしい作業療法士だと、自分は通所のチームの一員として、心から利用者に賞賛の言葉を携えた。


何かしらの課題を抱えた利用者を、半歩先に進んでいる利用者にミックスすることは、介護の極意でもある。半歩先に進んだ利用者の動きそのものが、利用者にとって最良の指導になるからだ。


目前の利用者の動きを真似ながら、それを理解するために、ゆっくりと思考できる空間の提供こそが、利用者にとって最善の環境になる。専門職の介入は、多くの場合は利用者に焦りをもたらす。だから手本が目前にあって、誰に気を使う訳でもなく、自分のペースで思考できる環境は素晴らしい。


けれども、たんに集団に混ぜるだけでは、必ずしも良好な結果が待っているとは限らない。だからこそ、その集団が相互的に良好な作用を及ぼすように調整することが、セラピストの腕の見せ所だ。アプローチとしての集団。アセスメントの個別化。集団の力は改めて再考されるべきだろう。







<皆さまとの意見交換>


@peilalala  そんなふうに個別のアセスメントや環境の設定ができるあなたは立派な作業療法士だけどね(笑) 雨ちゃんと葛飾で働くようになってから、自分の中での介護士という職業の捉え方が変わった。介護士はこうあるべきと感じるが、貴方のような介護士はそういるもんじゃない。
@yuumatan  自分は介護士でも作業療法士でもなくて、人間の専門家なんだ!