リハビリテーション新聞: リハビリテーション記録はどうにかならないの?

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リハビリテーション記録はどうにかならないの?



協同企画:の記事 25.2.12


リハビリ職の仕事を眺めていて思うことがある。結論から言うと、なぜ訓練と記録を分けるのだろうか?』と…20分という訓練時間において、その3分を利用者との振り返りに使えるならば、記録は診療そのものに組み込まれるだろう。どうしてそれが出来ないのだろう?本当に不可能なのだろうか?


業務終了間際になって、いつもリハビリ職は記録に追われている。訓練と記録を分離して考えているから、記録がいつも追い込み作業になる。自分が思うことは、記録の時間の無駄を省くために訓練に組み込むべきだということではない。20分のすべてを既存の訓練に使用して、訓練が終わったらさよならと…


こうした訓練のあり方が質的にどうかと疑問を持っているのだ。今日の訓練内容がどうであったのか?訓練の方針は適正なのか?身体的にも感覚的にも、訓練においてどのような感じ方をしたのか?これらを訓練の度に利用者に思考してもらうということ。このため
には静止した状態での面談が不可欠だ。


だから20分の内の3分を面談の時間に割いて、利用者と振り返りをする時間を設けることは、質的向上にも大いに貢献すると思う。当然として、面談は記録と同時進行になるべきだから、記録に利用者の語りが記載されて、質的にも向上するし、結果としての業務効率も向上する。


訓練内容を利用者自身に分析してもらうこと。思考という作業を省いた訓練はあり得ないだろう。個別リハビリにおいて、面談を組み込まなければ、訓練の継続性が保てないと思う。セラピストの勝手な価値観で空間が支配されるから、利用者はたんに指示を待って、動かされる人形になってしまう。


訓練が毎日あると言うことと、継続性が保たれた訓練が提供されていることは違うと思う。訓練に継続性を保つためには、セラピストに一貫性があると言うよりも、利用者が一貫した問題意識を持っているのかが重要なのだ。だからこそ、短時間でも良いから、個別リハビリに面談を組み込むことを望む。


無意味な追い込み作業の記録は直ちにやめるべきだろう。もちろん自分は、リハビリテーションについて無知だから、間違っている可能性も高いし、反論もあるだろうけど、他職種の意見として、参考にして欲しいと思う。






<皆さまとの意見交換>


@hide_rock1979 賛成ですな~。リハ職ではないけど。
@yuumatan 自分もリハ職ではないですけどね(笑)
@2008pt編集後記  その通りですね。生活の不便を聞いて、負荷をかけて、症状を再現させて「さぁ治しましょう!」と介入がはじまります。だいたい最初の3分はそうしていますが、記録をしながらしたことはありません。考えてみれば、記録をしている姿は患者の「伝えたい!」を後押しますね。そうすれば空間は、より患者のものになりますね。メモではなく記録。挑戦してみます。