リハビリテーション新聞: 文化を操作して作品を創造する

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文化を操作して作品を創造する


協同企画:の記事 25.2.20

その人の生き甲斐を創出すること。利用者固有の望みや価値観を顕在化して、それを具現化するプロセスを、自分は個別化とは呼ばずに、個性化と呼ぶようにしている。個別化という響きは、物理的な環境やシステムのイメージが先行して、利用者の内面を掘り下げる意図から離れてしまう傾向があるからだ。


真の意味での個別化とは、いかなる意義と目的を持つのかは別として、個別ケアという言葉が独り歩きしながら、物理的環境を指し示す解釈が主流になってしまった。それは自分の意図とは異なるので、個性化と呼ぶようにしている。利用者の内面的な可能性を具現化するということ。


そのためには少なくとも2通りのアプローチがあると思う。ひとつは文字通り、その人固有の望みや価値観を掘り下げる手法だ。固有の望みが先にあって、アプローチがあり、それが具現化されていく。そしてもう一方は、固有の望みや価値観ではなくて、文化にアプローチする手法だ。



利用者が支え合い、利用者が主体的に声を掛け合いながら、コミュニティを成立させるという文化によってアプローチを開始する手法だ。これはその人固有の価値観ではなくて、概ね人間はこのような性質を持っているだろうという仮説に基づいたアプローチだ。


まず先に仕事が提供されて、実践と他者からの承認を繰り返すことで、さらにできることはないだろうかと、望みが後から育っていく。これは固有の価値観ではなくて、あくまで人間の性質とはこのようなものであろうという仮説を元に成り立っている。望みが先であるべきか?それとも後であるべきか?


それを議論する必要はないと思う。両方が大切なのだ。あるのは役割分担の設定だと思う。物理的な個別対応が可能なリハビリ職は、前者を追求するべきであるし、あくまで集団と集団という関係性を結ぶ介護職は、後者を選択して、フロアに利用者が活動と承認で満たされる文化を築かなければならない。


ただし、特に介護職が意識しなければならないのは、あくまで仮説に基づいているという自覚だ。だから必ずしもそうではなくて、例外を認める配慮がなされなければ、利用者を追い込む凶器にもなるだろう。利用者のできる仕事は何か?それを実行すべき時期はいつか?活動に承認が伴っているか?


彼らが所属するコミュニティに、為すべき仕事があること。そしてその仕事によって、コミュニティが健全に成立しているという事実に基づいた承認で満たされること。コミュニティにとって、まさにその人が必要不可欠な存在であること。それを表現する舞台が個性化なのだ。






<皆さまとの意見交換>
@syasin153  利用者を追い込む凶器 『◯◯で、あるべき』『◯◯で、なければならない』このような思考は危険ですね
@yuumatan  その通りです。何かを実践する時には、常に例外の配慮を育てる必要があります。
@syasin153  そして『ムダ』を『ゆとり』に変えたいと想う私です。無駄と考えていた事が『重要な意味』『大きな効果』を持っているかも知れませんから。
@yuumatan  そうですね。介護現場は効率化を叫んで、重要な要素を省くのが得意ですね(笑)
 @2008pt編集後記  ”文化というインフラ”さえつくれば、あとは勝手に進みますね。棚からボタモチではだめなんです。自分の蒔いた種を明確に認識している者だけが、ボタモチを恒常的に手に入れるのです。