リハビリテーション新聞: 個別ケアがひとりよがりな押し売りになり下がる

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個別ケアがひとりよがりな押し売りになり下がる




協同企画:の記事 25.2.14


無駄を省くことで現場の労働環境は改善された。それにより、スタッフを増員しないで日曜デイを新たに開始することができるようになった。平日は63名の定員だが、日曜は利用者が20名程度と言うことで、小規模ならではの新しい体験にチャレンジすることができた。それではいかにして無駄を省いたか


当施設にはバイタルや食事量などを記載するチェック表がある。それが一枚の用紙になっていて、一人ずつしか記載できないことから、複数名のスタッフがチェック表に記載しなければならない時に、記載待ちの状況が生まれてしまう。それが大変な無駄であることから、チェック表を細分化して複数枚にした。


入浴改善も重要だ。入浴が終盤になるにつれ、スタッフは『仕事の作り出し』と『無意味な協力性』という心理が生み出されて、全体効率を著しく低下させる。その人が行う必要性がないのに、急に掃除を始めてみたり、通常は1人で対応する作業を、い
きなり2人で始めてみたりと、これが本当に良くない。


だから状況に応じた定数管理をすることによって、余剰の人員はすぐにフロアに戻るなり、休憩に振り分けるなどして、全体効率が向上した。こうした試みをするためには、技術改善が不可欠である。少数精鋭が安全と引き換えにならないためには、前提として介護士としての技量が担保される必要がある。


多くの施設ではこの部分が放置されてしまう。介護施設の介護士である私たちが、技術力の研鑽をどうしてか忘れてしまう。安全性を担保する技術がないから、人員でフォローしようとする。この不安心理が余剰の人員を生み出すのだから、技術改善がない場所には、常に無駄が溢れている。


こうしたプレゼンの中で、本部が最も喰いついた部分は、チェック表の存在だ。バイタルであれ、食事量であれ、手帳に直接書いたら良いと。チェック表に書いて、手帳にも書くとしたら、2重記録になるから無駄だろうと…この2重記録の撤廃は本部の大好物だ。それ自体はどうこう言うつもりはない。


自分が怖さを感じるのは、こうしたプレゼンの全般的な内容の中で、本部が喰いついたのはそこだけと言う事実だ。そこに焦点が絞られて、だから貴方の試みは失敗作だという空気は、本当に空恐ろしくなる。それをどこのチーフも本能的に知っているから、本部に責められないための研究が繰り広げられる。


『チームケア』『個別化』『他職種連携』という線を踏んでおけば無難だということで、同様の内容を発表して、同様の課題を繰り返して、何年経っても成果は挙がらない。施設の個性は埋没して、本部に責められないために膨大な資源が使用されていく。その場で争っても意味がないから、闘い方を改めよう。


無難さを引き換えにした安心など不必要だ。本部の連中のお気に入りになるために、固有の価値観を捨て去るのは真っ平だ。




<皆さまとの意見交換>



@ma5410   一対一=個別化だったり、一人で過ごす時間=個別化という考え方は完全に個別ケアの概念の“本質”から逸脱してますよね。ユニットケアの短所・弊害は確実にそこから産まれてるかと…優馬さんの個性化という喩えは一理あります。時に集団の中でこそ活きる個性もありますよね。
@yuumatan  自分の考える個別性とは、ごくシンプルで、何だそりゃとバカにされそうですが、松本さんになら答えてみようかなと思えます。聞いてくれますか?
@ma5410  ぜひ!ぜひ!(優馬さんは普段からすごく深く考えてらっしゃるので、逆にそのシンプルな答えというのが気になります!)
@yuumatan  手段に眼が眩んで、最も基礎的な要因が、蔑ろにされているのかなと、僕は思っています。むしろそれさえ徹底すれば、自然的にサービスのあり方は前進すると思います。逆説的にいうと、利用者に説明できないサービスを提供するなと言うことです。
@ma5410  普段自分はよくスピーチロックをします。なんかあった時には“ちょっと待って”と。ただ必ず説明をつけます。今はこういう理由で出来ない、でも後で必ずその要望の解決に添えるような対応の時間をしっかりと取るって。それだと多少時間が遅れても、結果相手は納得してくれます。
 

@yuumatan 個別ケアとは、そのサービスが提供されるに当たって、本人に説明と同意というプロセスを踏んでいるかですね。施設には物理的な限界があります。通常の生活を取り戻すということであれば、日中に入浴をすることがすでに変じゃないかということになるわけです。
 サービス提供には施設の都合という不純物をなくすことはできないという前提で物事を考えた時に、施設の都合をオープンにして、利用者の合意を得るというプロセスこそが、主体性の伴った入浴であって、必ずしも利用者の言いなりになるということではないですね。
だから特定の手段や手法が個別入浴ではないと思います。まずは利用者の同意を得るというプロセスを踏んだ上で、利用者と協議をしながら、手段や手法が洗練されたら素晴らしいですね。けれども、手段から先に入っては駄目なんです。

@2008pt 編集後記  個別化という美名を借りて、対象者不在で、ひとりよがりで、自己満足な押し売りをしている状況は、虚栄ですね。製造業でいえば生産過多の不良在庫戸といったところでしょうか。