リハビリテーション新聞: ”オーガニック”なリハビリテーション

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”オーガニック”なリハビリテーション



 農薬により畑の生態系を破壊し、化学肥料で水太りさせる農法がある。畑にあるものは、毒にやられない遺伝子を組み換え野菜だけだ。そこに輝く命はない。全てが一方通行の使い捨てだ。「生物多様性」の重要性が叫ばれる理由は、ここにある。


この状況、どこかでみた。「あぁ!リハビリテーション業界だ!」 わたしは、「オーガニックを設計できないものに、他人の"支援"はできない。」と思っている。なぜなら、それは犠牲の上に成り立つ。いずれ資源が枯渇する。


福祉大学のある学生が、社会貢献をしたがっていたとする。そして、月に一回、被災した子供たちと遊ぶ活動をはじめたとする。これは、すぐに腐る。子どもが、大学生に「ボランティアごっこをさせてあげる舞台」に化けてしまうのだ。


一方通行な支援では、だめなのだ。それは、支配に成り下がる。そこで、全体に貢献しなければならない。それはつまり、オーガニックなボランティアである。オーガニックとは、「有機、生活機能が有る、生命が有る、循環する」と言う意味だ。


オーガニックで有名なのは有機栽培だ。農薬や化学肥料に頼らず、土壌の持つ力を活かす農法である。そこにある生態系が、フルキャストで輝く。全ての命が輝くため、命の数がケタ違いに多い。これは、自然の循環システムに、調和する。


私を例にする。私とPTA会長さんは、耕作放棄地を活かしたい農家に、お邪魔した。広大な畑をタダで借りて、農業をはじめた。そのかわり、近所の小学生に、収穫体験の場を提供した。そのかわり、小学校から農機具を借りた。損をするひとは誰もいない。


この野菜を活かす舞台が欲しくなった。そこで、畑で出会った人たちと、荒れ山に困る高齢者を訪ねた。間伐で出た木で竹馬教室や、薪割り教室をした。そして、竹で鍋をつくった。さらに、薪で火遊びをしながら、竹の鍋でパエリアを焼いた。それを、家族と一緒に食べて納得できた。


参加者たちは、大きなものを得る。それで、他の誰かに貢献するのだ。”できる”は”している”に貢献して輝く。”している”は”する”に貢献して輝く。”する”は”したい”に貢献して輝く。”したい”は”社会貢献”をして輝く。全てを有機的に、オーガニックにつなげよう。


以上、良質な土壌を築こう。きっかけを投じるだけで、自然環境が育ててくれる。

H25.3.25


<皆さまとの意見交換>


@2008pt 編集後記  長距離ランナーは、箱根駅伝や実業団駅伝、オリンピックがあるから役割がある。野球選手は、甲子園やプロ野球があるから役割がある。この例えで重要なことは、役割があるから舞台をつくるのではない。舞台があるから役割が得られるということだ。 
身体がよくなっても、病棟生活で活かす場面がない。それなら病棟生活に舞台をつくればいい。病棟生活がよくなっても自宅生活ができない。それなら自宅生活に舞台をつくればいい。自宅生活がよくなっても地域に貢献できない。それなら地域に舞台をつくればいい 
いまやっていることは、なにかにつながる。レールがある。それならいい。でも直線のレールでは、終点がある。だから環状線がいい。有機的がいい
そう考えると、官僚が天下り先(舞台)をつくるのもうなずける。