リハビリテーション新聞: 介護士の役割

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介護士の役割



協同企画:の記事 H25.3.23



介護士が生活の提供者であることを誇りに思う。アセスメントは個別であるべきだけど、アプローチはあくまで集団だ。それが素晴らしい。介護士は自らの専門性がないと嘆くけれど、むしろそれを誇りにしたら良いと思う。各領域の専門性を掘り下げることは他職種に任せて、介護士は無知を曝け出す。


無知だからこそ依頼ができる。特定の専門性がないがゆえに、専門性という枠に捉われずに済む。ソクラテスじゃないけれど、『無知の知…』を大胆に誇るならば、介護士にはまったく新しい役割が生み出される気がしてくる。介護士は生活の提供者である。当たり前の生活を具現化するために、介護士はいる。


けれども、その当たり前が、なかなかもって難しい。介護士の単独では分からない。だからこそ、他職種を巻き込む必要性が生じる。自らを無知と自覚するからこそ、知を探求する。その知への探求に他職種を巻き込むならば、それは他職種に対する課題の提供者だ。


生活提供の主体者として、介護士に求められるのは、明確な答えではなくて、問いにこそある。それは利用者のあるべき生活を叫ぶアドボカシーだ。介護士の価値は『なぜ…』にある。それを『どうすれば…』に変える過程において他職種を巻き込んでいく。他職種はそれぞれの専門性を叫んで知を積み上げる。


介護士は無色透明となって、利用者のあるべき生活に向けた代弁機を強化して、無知を掘り下げていく。あるべき生活とは、『共にある…』というシンプルな命題である。この命題を掘り下げて、『なぜ…』を他職種に投げかける。介護士は偉大な素人であることを願う。明確な問いこそが、介護士の成果だ。