リハビリテーション新聞: 大学病院のやりかたを個人病院に強要するな

ページ

大学病院のやりかたを個人病院に強要するな



平成256末の日曜日。私は、いつものように畑にでかけ、地域の先輩方と一緒に、ジャガイモの収穫や、草抜きをした。私は、そこで、いた~い問題提起をしてしまった 


「あの、小学生に収穫体験を提供するための草抜きなら納得です。ただ、日常の草抜きは必要なのですか?草を邪魔者にするのではなく、活かせませんか?生物達の食物連鎖の舞台があったほうが、養分が多いと思います。それを実証するデータが沢山あります。」



すると先輩が答えてくれた。「そうだね。君が言うように、養分に関しては賛否両論があるよ。でもね、草抜きによる効果は、もっとほかの所にあるよ。野菜と同じ目線になって野菜と対話したり、畑を耕す効果もある。それに、皆でのんびりできる最高のレクレーションじゃないか。ワハハ!」




私は、それを聞いて、惨めになった。本末転倒を嫌う自分が、本末転倒になっていることに気がついた。リハビリテーションの仕事をしていて、「患者にエビデンスを強要するまえに、適応を考えろ!」とあれほど吠えているにもかかわらず、自分が陥っていたのだ。


リハビリテーション業界と同様に、農業にも農薬、無農薬、自然栽培、さまざまな農法がある。もちろん、それぞれが、ベンチマークした指標で成果をあげており、それぞれが有益であることが立証されている。


世の中には、星の数ほどの手段、技術がある。その中から、特定のものを選択するには「目的」や「ビジョン」が必要になる。また、「文化」を踏まえる必要もある。これらを無視して、手段の有益性だけを根拠に、正論で相手を批判してしまっては"痛い子ちゃん"じゃないか。


中途採用者や頭デッカチの新人さんも、よく言う。「前の職場はこうだった。授業ではこう習った。こうすべきじゃないか。」一番ひどかったのは50歳代の元看護師教員だ。「大学病院ではこのようにしていた。ここは遅れている。○○先生を知らないのならモグリだね。」といった具合だ。


私は、彼らを文化を無視した"痛い子ちゃん"とみなす。それと同時に開拓者としての期待を抱く。その結果どうなるか。能書き垂れた1/10くらいを実行してくれたらいいほうだ。申し訳ないけど付き合っていられない。


もはや、手段の話には興味がない。毎回のように「小手先」「付け焼き刃」で終わる所をみてきた。だから、考える。 『ビジョンは?目的は?全体の資源は?あなたの資源は?資源を効率よく使うためのツールや技術は?そのツールをどうやって使う?』


以上、目的やビジョンを共有しないまま、手段を論じても意味がない。同じ目的を持った仲間と戦線を統一して、突き進もう。でした。


平成25630


<皆さまとの意見交換>



@neyan55 久しぶりの連続ツイ読ませてもらいました。考え方がとても勉強になります。明日からの活力!!