リハビリテーション新聞: ニセモノの効率をたかめる介護施設の悲惨さ

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ニセモノの効率をたかめる介護施設の悲惨さ




施設が第三者評価を受けて、好評価であったとのこと。しかし、現場に入っても、スタッフに怯えている利用者は多い。定時という概念が抜けずに、排泄についての抑制場面も多い。なぜ評価が高いのかが分からない


日中にスタッフが何人いても、スタッフは業務に逃げる。あちらこちらに散らばって、フロアで利用者と寄り添うスタッフがいない。10時に飲み物を提供しても、配り終えたら業務が終了。多くの利用者がほとんど手を付けなくても、そのまま放置されて、遅番が来たらつまらないレクが始まる。


台車にコップを並べてジュースを注ぐ。台車ごと回ってボンボンとテーブルに配り歩く。利用者はほとんど手をつけない。だから台車で注ぐのではなくて、挨拶をしながら利用者の目の前で一人づつ注ぎなさいと言う。そうすると、不思議と利用者はジュースを飲み出す。けれどもそれは非効率だと批判される


飲みもしないやり方でジュースを配り歩く方が非効率なんだと正職員と喧嘩になる。そんなことをしていたらレクリエーションの時間がなくなってしまうと嘆かれる。それならレクリエーションなんて無くしてしまえと文句を言う。介助が必要な利用者の水補が放置されてのレクなど捨ててしまえば良い。


1時間も延々と喋り続けるレクなんて、それを聞く側からすれば地獄である。なまじそんなものがあるから、トイレに行きたいのに場の空気を読んで行けなくなる。たまに利用者が訴えても、レクが終ってからでしょとスタッフに怒られる。スタッフの幼稚な自己満足に、利用者は大人の態度で耐えている。最もらしい言い分に聴こえるけれど、それは根本的に間違っている。


利用者が不満を口にした時に、そこに改善の余地が生まれる。利用者の訴えに対して、迅速な対応が取れない時に、そこに何かしらの障害があるならば、それはまさに取り除かれるべき課題である。利用者の痛みとは何か?不安とは何か?あるいは利用者の喜びとは何か?


介護士の目指すべき方向性は、他施設の情報や比較の上にあるのではなくて、まさに日常的に関わる利用者そのものにあるのだ。けれどもそれがなかなか伝わらない。スタッフは利用者の生の声を無視して、空中ばかりを求めたがる。


大掛かりなことは必要ない。スタッフが出勤の度に10分だけでも利用者の本音に耳を傾けるならば、施設の価値は引き上がるだろう。


自分の元で働くことで、利用者のことを、仕事抜きで大切な存在に想えるようになりましたと。来月から異動する自分にとってたまらなく嬉しい言葉をくれた。利用者を大切に想うということ。その基本的な基盤が、多くの介護士から失われている。



H23年12月  筆者 旧@yuumatan 



<皆さまとの意見交換>



@yamasan2073 レクなんて所詮手段でしかない。目的を見失っているからこんな対応になるんでしょうね。拷問に近いですね。


@yuumatan 利用者の生活と言うものが、施設側のスケジュールによって決められていく。誰も利用者を見なくなってしまったんですね。