リハビリテーション新聞: iPhoneは人間の可能性を開花させる

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iPhoneは人間の可能性を開花させる




ツイッターやiPhoneはすごい。機械オンチを、カリスマブロガーやフォトグラファーにかえてしまう。自転車はすごい。膝痛で歩けないおばーちゃんを、スーパーマーケットに移動させてくれる。居心地のよいリビングはすごい。会話がない家族に、家族団欒をつくってくれる。





わたし達の生活は、環境や道具の有無で、大きく変わってしまう。良い環境ならば、サイコーだ。そこで、「水を得た魚」になることが大切になる。問題は、『自分が指導する相手にどのような「水」=「舞台」を与えるべきか』ということだ。


地にいる魚に「根性で泳ぎなさい!」ではなく、「海に戻すから自由に泳ぎなさい。」と言うためには、どうすればいいだろうか。


ヒトの足の筋肉にとっての「水」は、歩行が中心になる。ただし、弱ったヒトの足の筋肉にとっての「水」は、杖歩行やオムツ交換になったりする。寝たまま食事をさせられているけど、座れるひとの「水」は、座って食事をする環境だ。


紙面で連携をさせられているけど、多職連携が得意な職員にとっての「水」は、話せる仲間や場所だ。紐付きの予算ばかり持っているが、自分たちでまちづくりができる地方にとっての「水」は地方分権だ。


考えるほど、世のお粗末さにクラクラしてくる。環境や舞台が揃わないことで、さまざまな可能性が潰されている。「できる」ことと「している」ことが乖離しすぎている。そう、問題はここだ。だから「できる」ことを「している」ことに変えなければならない。


それはつまり、「iPhoneや自転車のように、最小のインプットで最大のアウトプットをしてくれる仕組みだ。」難しいことではない。リハビリテーション部門がすごく得意なことだ。いま 「できる」ことを生活で活用するように、お膳立てすればいいだけだ。


身体がよくなっても、病棟生活で活かす場面がないなら、病棟生活に舞台をつくればいい。病棟生活がよくなっても自宅生活ができないなら、自宅生活に舞台をつくればいい。自宅生活がよくなっても地域に貢献できないなら、地域に舞台をつくればいい。


強調したいことは、一度でも「舞台」を提供できれば、放っておいても、価値が生まれ続けることだ。しかも、舞台を準備したものが想像もしていなかった個性と創造性に富んだ価値が、生まれ続ける。これは、みんなの可能性を開花させるインフラといってもいい。


以上、いまできることを活かして生活を良くしよう。わたし達の最大の価値は、そのお膳立ができることだ。でした。

平成25718



<皆さまとの意見交換>





@liveradio3  さすがです!木村先生!
@2008pt 毎回ちがうことを言っていますが、毎回おなじことばっかり言っています。雨澤さんも、私も、言っていることは可能性の追求のことばかりですね。
 @liveradio3 僕たちはクレイジーですからね()人生を掛けて、たったひとつの命題を追求できるのは、頭のおかしい人だけですよ!
@2008pt  はい。そのクレイジーさを正当化できるのは、情熱だけだと思います。雨澤さんをみていて、強く思うことです。
@liveradio3 人生を掛けた集中力は、考えてみると異常事態で、本来はそうならないことが正常ですよ。クレイジーな僕たちは、手段もまたクレイジーであれ。それがクレイジーの流儀です!基本に立ち返ることの重要性が常日頃から叫ばれるのは、基本から離れることが正常だからです。見た目はクレイジーでも、その内容はむしろ、誰よりも基本追求の姿勢を貫いているんですね!