リハビリテーション新聞: 突拍子もない作業ではなく自然のなかにこそ意味ある作業がある

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突拍子もない作業ではなく自然のなかにこそ意味ある作業がある



施設入居者を住人と呼ぶ彼は、まさに物事の本質を理解していると思う。介護施設における様々な諸問題は、入居者が一人の市民としての権利を有しているという当たり前の事実を忘れたことにより派生するからだ。施設の分厚い壁は、決して治外法権を意味している訳ではないはずだ。


生き甲斐と呼べるような華々しい光ではないかもしれない。洗濯物を干すために外に出る。偶然に他の住人と触れ合って、自然的な会話が誘発される。明日もこの場所で逢いましょうと交わされた約束が、その人にとって意味のある役割…他者との肯定的な接触を果たす演出の提供が、私たちの重要な仕事だ。


利用者の生き甲斐や役割の創出が叫ばれる。確かにそれは重要だ。しかし、利用者の生き甲斐に関わる専門職の研究を推し進める前に、少し立ち止まり、深呼吸をしながら、改めて利用者の自然的な暮らしぶりを観察する必要があると感じている。彼らは決して停止しているわけではない。彼らには動きがある。


その動きの意図を洞察しながら、それを後押しするだけで、多くの利用者は回復を見せ始める。彼らは自らの必要性を理解していて、様々な動きを通じて私たちに語りかけている。彼らがなすべきことは、まさに彼ら自身の内部からこそ派生するのだ。答えは利用者が知っている。それをもっと信じて良い。


利用者は動いてる。それは私たちからすれば、他愛もない動きかもしれない。同じ姿勢で身体が痛くなって、体幹を僅かに前傾にしようとした時に、ニーズは自ずと発生する。意味のある活動はそんなものではないと感じるのは、利用者にとっての意味ではなく、私たちにとっての意味を欲しているからだ。


座る位置を変えるために、前傾になりましょう。それだけでは足りないから、立ち上がってみましょう…彼らから自然的に派生する動きによって、物事は発展して、自立支援は自ずと前進する。立ち止まって利用者を眺めよう。私たちにとって好ましい意味ではなくて、利用者の内側にある意味に寄り添おう。


フロアに佇んでいる利用者が、自然的にカーテンを開けようとする。その人の立ち上がりが不安定であれ、僕たちはその人から生まれた自然的な行為を、静かに後押しする人でありたい。カーテンが開いた瞬間に、彼女に対する感謝の念を伝える。朝日は心地良いですねと、日常会話が溢れてくる。


その自然的な関係性により、朝なったらカーテンを開けることがその人の習慣になる。他愛もないことかもしれない。けれども、僕はカーテンを開けることが、その人の輝かしい役割だと呼びたい。そこに意味があって、継続することで、その人の立ち上がりはより良くなるだろう。さあ!次は何をしようか!


平成25年11月27日
筆者 @arigatou0321