リハビリテーション新聞: 孤立に対して 専門職が提供するエビデンスはあまりにも脆い

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孤立に対して 専門職が提供するエビデンスはあまりにも脆い



食思が低下していて、様々な職種が説得を試みるも、数口しか食事を摂らない。体力も衰えてきて、緊急のカンファレンスが開かれた新規利用者。その彼女を、他職種協働によって回復に導いた事例についての話し。彼女は病院にいる時から食思が落ちていて、殆ど食事が摂れない状況で、老健に入所した。


老健に入所しても状況は変わらずに、体力面の低下は著明で、もはや個別リハビリどころではない。低栄養状態を改善するために、せめて補助食品でもという案も出たが、それすら口にしない様子だった。誰もがお手上げ状態だった訳だけれど、介護士は諦めずに、別の角度からアプローチを開始した。


彼は始めに、信頼関係を獲得するための対話から開始した。食事の件にはまったく触れずに、彼女の想いや胸の内を傾聴する態度を保持していた。次の日には、彼の顔を見るなり、彼女の方から挨拶をするようになっていた。『挨拶をしてくれて嬉しいです!』と飛び跳ねながら、彼は彼女にこう切り出した。


『昨日は色々な話しを聴かせてくれて、私はアナタのことが好きになりました。だからこそ心配なんです。食べたくないものを食べて欲しいとは言いません。けれどもせめて、補助食品だけは食べてくれませんか?』 彼女は静かに頷いて、約束通り、補助食品だけは完食するようになっていた。


『食べてくれて嬉しいです!今日は魚ですけれど、魚は好きですか?良かったら一口だけでも味見してください!』 彼女が何かを口にする度に彼は喜んで、次第に彼女の食思は回復していった。体力面の向上も図られて、個別リハビリも起動に乗り出し、やがては歩行が自立するまでになった。


専門職はエビデンスを提供する。けれどもそれらは素材に過ぎない。集められた素材に、信頼を前提とした関係性という調味料を振りかけながら、いかにして提供するべきかという調理人としての仕事が、介護士としての専門性だと自分は信じる。


彼女の病は低栄養でもなく、食思の低下でもなく、体力面での衰えでもなかった。それらはある病から派生する現象に過ぎなかったのだ。彼女の内面に巣食っていた病巣の名称は孤立だった。人間の孤立に対して、専門職が提供するエビデンスはあまりにも脆い。笑顔をもたらす関係性こそが、回復の扉なのだ。


自分は科学を否定しないけれど、それ以外の要素を認めない風潮には疑問を抱く。物事には数値化できない重要な要素が散りばめられているはずだ。血中酸素濃度を数値化できる以前の人間には、酸素が不要であったと言えるだろうか?



平成25年11月30日
筆者 @arigatou0321